史跡 紀伊国分寺跡
平成14年秋に竣工した時の航空写真は、「史跡紀伊国分寺跡」資料館の資料から参照しました。広くて(4万4千m2もあるんです)芝生の緑があって散歩に最適です。 現在の公園の四隅から 本堂を眺めてみました。
北西角から本堂をみた写真
南西角から本堂をみた写真
南東角から本堂をみた写真
南端から北向きに見た本堂
史跡の航空写真
今から約1260年前の奈良時代、聖武天皇は仏教による鎮護国家の考えのもと、地方政治の安定と文化の興隆を目指して、天平13(741)年に国分寺建立の詔を、全国68ヶ所に出しました。 紀伊国分寺もその一ケ寺であり、古代紀伊国の交通の要所で、紀ノ川流域の豊かな穀倉地帯であった、打田町東国分に建立されました。 主要伽藍は天平勝宝8(756)年には完成したと考えられますが、律令国家の衰退や火災など、歴史の荒波を受けつつも、その法灯は現在まで連綿と受け継がれてきました。 (旧打田町教育委員会 史跡紀伊国分寺跡パンフレットより)